東京地方裁判所 昭和40年(ヨ)2252号 決定 1965年12月27日
申請人 三光自動車株式会社
被申請人 三光自動車興業労働組合
主文
1、申請人の本件申請を却下する。
2、申請費用は、申請人の負担とする。
理由
申請代理人は、「被申請人は、申請人に対し別紙目録(一)及び(二)記載の自動車検査証(以下「車検」という。)を引渡せ。」との決定を求めた。
当裁判所が、当事者双方提出の疎明資料及び審尋の全経過により一応認定した事実並びに、それに基く判断は、次のとおりである。
第一、本件争議の経過について
一 1 申請人は、三光自動車興業株式会社(以下「三光興業」という。)から、そのハイヤー・タクシー部門の営業を分離して経営するために、昭和四〇年三月二五日に設立された一般乗用旅客自動車運送事業等を営む会社である。
三光興業(昭和二三年設立)はかねて、本社営業所(申請人肩書地所在、タクシー三一台)、中野営業所(中野区上高田所在、タクシー三三台)、目黒営業所(品川区上大崎所在、ハイヤー二三台)において従業員約二五〇名(うち乗務員約一九〇名)を擁し、ハイヤー・タクシー業を営むほか自動車教習所(練馬区豊玉南所在)を経営していたが昭和四〇年(以下「昭和四〇年」の記載を省く。)四月一日付契約により同社から前記三営業所を賃借し、六月一〇日ハイヤー・タクシー事業譲受につき認可を受けた上、七月二七日同社所属の全営業車(八七両)を買受けた。
2 被申請人は、昭和三〇年三光興業の従業員により結成された労働組合であつて、その組合員数は昭和四〇年六月当時一四〇名余(本社営業所約七〇、中野営業所五〇余、目黒営業所一、自動車教習所約二〇。)であつたが、現在は約一〇〇名(自動車教習所約二〇、被解雇者約八〇)で、申請人及び三光興業(以下「会社側」という。)との間に組合員の解雇を不当労働行為と争つて争議中である。
二 1 会社側は、五月頃被申請人に対し前記ハイヤータクシー部門分離の方針を告げ、その後三光興業の同部門の全従業員を従前と同一の労働条件勤続年数通算等の条件で申請人が承継雇傭するとの案を提示して団体交渉を重ねたが、被申請人の反対により合意に達しないまま、七月二七日に至り三光興業から被申請人に対し、同部門の全従業員を八月一日以降申請人に出向させる旨通告した。
2 被申請人は、七月二九日組合大会において、三光興業は会社都合によるものとして所定退職金の全額(勤続三年未満の者も勤続三年として扱うこと)及び慰労金一五〇、〇〇〇円を各組合員に支給すること、申請人は即日全員を本採用し、従前の労働条件、労働慣行を引継ぐこと等の要求事項及び右要求が容れられなかつた場合はストライキに入る旨を決議し、七月三〇日その旨を会社側に通告したが、会社側がこれを拒否したので、七月三一日以降本社、中野営業所において、職場滞留を含む全員の無期限ストライキに入つた。
3 三光興業は、八月六日申請人への業務移転を理由として、組合員一二〇名余を含むハイヤー、タクシー部門の全従業員全員に対し九月五日限り解雇する旨通告した結果、同部門従業員のうち組合員四九名及び非組合員全員が合意退職した。申請人は、九月五日までの間に右退職者中非組合員のほとんど全員(希望者全員)を従業員に採用したが、組合員からの雇傭ないし就労の申出は、これを拒んで現在に及んでいる。
三 本件申請に係る車検証は、中野営業所所属タクシー全車両(三三台)の車検証であつて、三光興業当時交付を受け、申請人において七月二八日使用者及び所有者名義書換手続を経た上、同営業所構内に配置の各車両に備付けておいたものであるところ、被申請人は七月三〇日までの間に、ひそかに、これを持去つたまま、申請人の再三の返還要求にも応じない。
第二、被保全権利について
一 申請人は、三光興業からハイヤー、タクシー部門を分離して新設の申請人に移転したのは、同部門の営業不振に起因して経営の責任体制を確立し企業の自立態勢を整えるためであると主張するのに対し、被申請人は、会社側の申請人設立から組合員解雇に至る上記一連の措置は、組合員の企業外放逐を企図した不当労働行為であると主張する。
ところで、右双方の主張の当否はともあれ、三光興業と申請人とは、代表取締役その他の主要役員を共通にし、資本系統も同一であり、一方三光興業当時における被申請人の組合活動は極めて活発であつたことが認められるのであつて、被申請人の立場として会社側の前記一連の措置を不当労働行為と考えることは格別不自然ではなく、右主張を掲げて争議行為に及ぶこと自体について、特に責めらるべきいわれはない。
二 しかしながら、争議中でも使用者が操業を続行することは自由であり、組合側において実力的手段により積極的にこれを妨害阻止することは、争議行為としても原則として許容されない。本件について考えてみるに、自動車は、法定の例外の場合を除き車検証を備え付けていなければ運行の用に供することを禁じられているから(道路運送車両法―以下「車両法」という。―六六条一項)、被申請人において申請人の意に反し車検証を自己の支配下におさめ返還に応じない所為(上記第一の三)は、単なる車検証の占有によるその所有権の侵害というにとどまらず、当然に当該自動車の運行に支障を招くこととなり、あたかも実力をもつて中野営業所の全車両の運行を阻止したと同視せらるべく、かように実力的手段により申請人の操業を妨害する行為は、前述のとおり争議行為としても一般に許されないところであり、これを許容し得べきものとする特段の事情は、疎明資料によつても認められない(ちなみに、前認定の申請人による被解雇者雇傭についての組合員差別や被申請人の主張疎明に係る会社側による一〇月三、四日目黒、中野両営業所からの組合員実力排除の事実は、いずれも上記車検証に対する占有侵奪当時に未だ発生していなかつたのみならず、かような事態が生じたことをもつて直ちに被申請人の車検証に対する占有継続を正当づける事由とすることはできない。)。車検証の交付を受けた自動車の使用者は、法定の場合所管庁にこれを返納する義務があるけれども返納されるまでの間は右車検証の上に所有権を有するものと解すべく、被申請人は車検証を占有支配することによつて右所有権を侵害するものであるから、義務があることは明らかである。
第三、仮処分の必要性について
一 申請人が本件仮処分の必要性として主張するところは、申請人は、本件車検証の返還を受けるまで、中野営業所所属タクシー三三台を運行の用に供し得ないため、営業収入が得られず多大の損失を蒙るというにあり、申請人の企業規模、保有車両数(前記第一の一1)等からみて、もし上記車両を運行し得ないとすれば、その稼働利益が得られないことによつて経営上著しい損失を蒙ることは、これを肯認するに難くない。
二 ところで、本件車検証のうち、別紙目録(一)掲記のものを除く一二通(別紙目録(二)の車検証)については、現在すでに、その有効期間(車両法六一条)を満了していることが明らかであつて、申請人は右車検証の占有を回復すると否とにかかわりなく、当該自動車につき新規検査(車両法五六条)を受けて、あらためて車検証の交付を受けることができ(この場合、従前の車検証は有効期間の記載によりその無効であることが一見明白であるから、後述三の場合と異なり重複交付による乱用の危険は少なく従つて、所管庁においても旧車検証の返納の有無に深くこだわらずに新車検証を交付するであろうと思われる)又その交付を受けなければ、当該車両をタクシー業のため運行の用に供することができないのであるから(車両法五八条、六〇条、六六条)、右一二通の車検証については、申請人において、その返還を求めるなんらの実益がなく、仮処分の必要性を欠くものというべきである。
三 その他の車検証について考えてみるのに、車両法によれば、一般に自動車の使用者は、(1)所管庁の検査を受け、当該自動車が法定の保安基準に適合する限り車検証の交付を受けることができ(五八条、六〇条)、(2)車検証が滅失、毀損し、又は識別困難となつた場合には、その再交付を受けることができるものとされ(七〇条)、又(3)車検証の無効等法定の事由がある場合には車検証の返納を要するものと定められているが(六九条)、所管庁が右(1)、(2)により車検証を交付するについて、当該自動車につき交付された旧車検証の返納を要件とする旨を明規した規定はないから、所管庁としては、使用者による旧車検証乱用の危険につき特段の具体的事情が認められない限り、旧車検証の返納の有無にかかわらず、新車検証を交付するのが同法のたてまえであると解される。そうだとすれば、本件のような事情のもとに車検証の占有を失つた場合も、申請人は(1)の検査(検査を受けるため運行については車両法三四、三五条参照)を受けて新たに車検証の交付を受け、又は(2)の車検証の滅失に準ずる場合として車検証の再交付を受けることにより、当該自動車を運行の用に供することは、関係法規の解釈上一応可能と考えられる。双方審尋の全経過に徴すると、自動車の使用者について本件の場合のような事情が存する場合にも、従前の車検証の返納なしに新たな車検証の交付をするについて所管行政庁の取扱が極めて厳格かつ慎重であることが窺われ、行政庁の右取扱い態度は有効な車検証の重複交付につき専ら交通安全の見地から乱用の危険を配慮したものと推察されるけれども、右態度が直ちに旧車検証の返納を新車検証交付のための法律上の要件とする行政解釈に基くものであり、従つて、申請人は本件車検証を返納しなければ新車検証の交付を受けることが不可能であるとは速断できない。のみならず、申請人は、すでに有効期間を経過し容易に新車検証の交付が受けられると思われる別紙(二)の車検証についてさえ、所管行政庁からその交付を受けるためのなんらの努力を試みた形跡がないところからみると、別紙(一)の車検証について返還を求める必要性も、それほどに差し迫つたものとは考えられない。
四 被申請人は、仮に本件車検証の占有が申請人に回復されたとしても、当該自動車を運行するための乗務員を確保することができないから、右車検証の返還を求める現実の必要性を欠くと主張し、疎明(とくに疎甲第五四号証「事業計画書」)によれば、認可された事業計画に従い申請人が該当自動車三三台を含む全保有車両を運行するためには、被解雇組合員を除く現従業員のほか、さらに少くとも約百名に上る常傭乗務員(自動車運送事業等運輸規則二五条の六)を確保する必要があるものと推認され、一般にかような多数の常傭乗務員を即時又は短期間内に充足することは極めて困難であると考えられ、本件の場合、容易に運行が可能と思われる別紙(二)の車検証に該当する自動車の乗務員についてさえ、これを確保している事実を認めるに足る的確な疎明はないから、申請人において、たとえ右車検証の返還を受けたとしても、短期間内にこれを運行し得ないものと認められるから、その返還を求める必要性は現在のところ存在しない。
以上のとおりであるから、本件仮処分はその必要性を欠くので、これを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 橘喬 高山晨 田中康久)
(別紙省略)